下北沢あの店 この店「いーはとーぼ」
いーはとーぼという喫茶店がある。小さな木造りの店で、喫茶スペースの端に何枚かのレコードと本を売っているお店。彼氏がレコードを漁っているあいだ、彼女はお茶しながら待っていられるという、まさに理想郷ともいえる店だ。 目をぎょろっとさせたマスターは、信じられないほどの大音量でジャズを流し、15年ほど通っているけどほとんど、完全に、まったく、ひと言も、喋っているところを見たことがない。いつもぼくは窓際の席でフレンチローストを頼んで、ただずっとスマホも見ずに音楽を聴いたり、ぼおっとしたり、うとうとしたりしている。 ある日、隣の席にカップルが座った。 なんだかうんざりした顔の男の子と、うつむきがちにずっとティースプーンをかちゃかちゃし続ける女の子。 今にも泣き出しそうな彼女が「どうしても無理?」と彼に言った。 彼は答える、「そうだね」。 「なんで?」と彼女。 ぼくたちはなにかを失くすとき、いつも口にする。「なんで?どうして?」と。 聞き耳を立てるのも野暮だなと思い、トイレに立つ。 もう出よう。その方がいい日だ。 恋人たちはまだ何かを言い合っている。 いつも恋はこんな風に急に終わってしまう。 信じられないほどの熱を持った時があっても、すべてをなぎ倒すような風が吹いた時があっても。 この店が彼らの過ごしてきた時間の中で、もしかしたらものすごく大事な場所だったとしても。 トイレのドアを開けると無愛想な5人組が顔に布を巻いてダルそうに立っているポスターが貼ってある。 「乙女の祈りはダッダッダ!」 いつもその言葉の意味不明さに笑ってしまう。 別れ話してる時にあんな顔するような男なんてやめちゃえばいいのに、と思う。 乙女の祈りはダッダッダ!なのだから。 店長 \\\\\\\\\\\\\\\\ いーはとーぼ [...]